2007年05月10日

【書評】 反戦軍事学 

男女を問わず、今の日本の若い人達は、戦争に直面する危険がある。しかし同時に、若い人達には時間がある。(中略)それだけに、無駄な時間を過ごさないで欲しい。(本文より)

このような本を語る時に重要なのは、何が事実であるのかを冷静に見られるか、若しくは、事実であることを読者が理解できるだけの材料が提示されているか、ということだと思います。

そういう点から、不満がないわけではありません。例えば、日本の自衛隊の購入する兵器が法外な値段であることが語られています。これ自体は、以前に別の書物で読んだような記憶がありますし、嘘だとは思いません。ただ、語られる金額が全て「円」であり、為替レートの想定が分かりませんし、海外での原通貨での値段は不明な上、その金額の根拠となる具体的資料についての言及がありません。また、自衛隊の使用する国産武器の信頼性のお粗末さも述べられていますが、信頼性の比較には、当然客観性のある数字的根拠が求められる訳で、その点も説明不足のように思われます。ところで、話はずれてしまいますが、本書でも軍需産業への自衛隊キャリアの天下りの多が触れられていて、昔から個人的に疑問に思うのは、こういう天下りを、なぜ実名を出して公表しないのだろう、ということです。会社生活というのは、公のものであって、人事発令が発令された場合、それは個人情報ではないはずです。この点、現在検討中の天下りの方々のための人材バンクは考えてほしいものです。

ただし、明らかに事実を語っていると思われることも、当然あって、靖国問題を語るくだりでの、「戦死、すなわち国のために命を投げ出したならば、神として靖国神社に祀られる、という思想は、天皇は現人神であり、大日本帝国こそは神国である、という思想と不可分のものではなかったのか。そうであれば、昭和天皇が人間宣言をした段階で、戦死者に対して国がどのように報いるか、という問題も、戦時中の国家神道とは切り離されなければならなかったはずである。『皇軍』の兵士らは、人間天皇のために、いわんや『日本国民統合の象徴』たる天皇のために死地に赴いたわけではないのだから。(中略)人間天皇・象徴天皇制を国是として認めるのであれば、日本国政府が靖国神社と公式な関わりを持つべき、とする論拠は、すべて失われるのである」などは、それに該当します。その根拠の一例として、三島由紀夫の『英霊の声』の中で、2・26事件の青年将校や特攻隊員として、国のために命を捧げた英霊が、霊媒師を通じて、語る言葉を引用しているのも印象的です。

「陛下がただ人間と仰せ出されしとき
神のために死したる霊は名を剥奪せられ
祭らるべき社もなく
今もなほうつろなる胸より血潮を流し
神界にありながら安らひはあらず」
「日本の敗れたるはよし
(中略)
されど、ただ一つ、ただ一つ、
いかなる強制、いかなる弾圧、
いかなる死の脅迫ありとても、陛下は人間なりと仰せらるべからざりし。」

ところで、1946年1月1日に公表された、昭和天皇のいわゆる人間宣言は、正式には「新日本建設に関する詔書」と呼ばれ、かなり長文なのですが、最も肝要な部分は次の箇所になります。

「朕は汝(なんじ)ら国民とともにあり。常に利害を同じうし、休戚を分かたんと欲す。朕と汝ら国民との紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説によりて生ぜるものにあらず。天皇をもって現御神(あきつかみ)とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族として、ひいて世界を支配すべき使命を有すとの架空なる観念に基づくものにもあらず。」

実は、この文章をもってしても、「自分は人間になった」と述べていないのだから、この文章は人間宣言ではないと主張するむきもあるのですが、どう考えても、それは無理な論法で、生粋のナショナリストであり、教養人であった三島由紀夫の理解の方が正しいのです。作者が正しく指摘しているのですが、靖国問題に対して、海外が敏感なのは、これを突き詰めていくと、日本が「人間天皇・象徴天皇制を国是として認め」なくなるのを危惧しているのも一因だろう、と思います。

あと、詳細は省きますが、漫画という媒体の持つ危険性、「活字で描くと、バカバカしい、としか言えないような設定だが、これが、コマ割りをした絵、すなわち漫画で描かれると、結構面白く読めてしまったりする」点を指摘しているのには同感しました。政治的プロパガンダの武器と言うと、映画がかってそうであったのですが、現在では漫画の方が、ある意味で、恐ろしい武器になるようです。誤解しないように言っておきますが、私は漫画そのものを否定しているわけではありませんし、どのような形であれ、外部から表現に制限を押し付けることには反対です。傑作『戦艦ポチョムキン』を撮ったエイゼンシュテイン監督が、ナチスのゲッベルスの「我々は、我々の『戦艦ポチョムキン』を作らなければならない」という発言に激怒した、というエピソードがありますが、基本的には、それと同じ立場です。

長い間社会人生活をやっていると、だんだん分かってくるのですが、「見ようとしなければ、見えない」、「聞こうとしなければ、聞こえない」というのは、実生活の悲しい真実です。そういう人は、信じられないぐらい多くいます。漫画の持つ分かりやすさみたいなものは、実は、現実をある視点でデフォルメした姿だということを、理解しながら読んでいるのならば良いのですが、それが全てと思うと、罠にはまる場合もある、という点は知っておいてもらいたいものです。

ところで、この書物に関しては、語りだすと、ほとんど際限なく文章が出てきます。それを、すべてここに書くわけにはいかないので、ほんの一部分についてのみ、自分の意見を述べてみました。ただ、色々な意見を知る意味からも、特に若い方には、読んでもらいたい本です。もしかしたら、この書物で「フィクション」として描かれている日本の未来像で、一番苦しむのは若者たちなのですから...。

(hacker)

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