2007年03月12日
【書評】 ヒストリー・オブ・ラヴ
「善なる人々の執着の果てにあるものは…」
「こだわり」というのが本書のキーワードでしょう。主要登場人物は皆、強烈なこだわりを持っています。80歳の老人レオは、ポーランド出身のユダヤ人。若き日に愛した女性アルマを一途に思い続けた記憶にすがって生きる老人です。思いの全てを言葉にせずにはいられなかった彼は、アルマだけのために、イディッシュ語で「愛の歴史」という名の原稿を書いたことがあります。
戦乱により、アルマはひとりアメリカに渡ってレオの息子アイザックを産みます。音信不通だったレオがようやく渡米した時には既婚の身でした。レオに対する愛情は息子へと転化され、レオの夢〜作家として生きること〜を息子によって実現させることに捧げられます。
14歳の少女アルマは、父親がリトヴィノフ著(レオではない!)のスペイン語版「愛の歴史」を母親に贈ったことでこの世に生まれ、「愛の歴史」に登場する少女にちなんで名付けられました。今は亡き父への愛着の歪みから、母の再婚相手探しに熱中し、たまたま「愛の歴史」の英訳を依頼してきた人物(正体はいかに?)を標的と定めます。
夫の亡き後は、翻訳という生活の手段が目的と入れ替わってしまったアルマの母。「勉強ばかりして世間知らずなのだろう」と大目にみられることで社会に適応してきた彼女は、ますます仕事に没頭し、もはや新たな人間関係を結ぶことから撤退してしまったかのようです。
レオと同じくポーランド出身のリトヴィノフは、スペインで「愛の歴史」を出版します。社交性に乏しく引きこもりがちな彼が、なぜかくも大胆な行為に及んだのか? そこにも、ある人物に対する憧れと嫉妬と責任感が複雑に入り混じった強烈な執着が支配的な影を落としています。
早くから社会に溶け込めず、妄想の世界に生きるアルマの弟バード。聖書の記述を真に受けて、あるものを作ることに熱中します。母親が気付けないのですから精神科で診断される見込みは低そうです。障害が重いぶん、もっとも純粋で「天使の心」を持つ彼は、現実の世界に居場所を見つけることが出来るのでしょうか。
特徴的な言い回し、数々の自分だけのルール、慣用句の言葉の意味に囚われる様、モノの名前を知りたがる傾向、少ない情報ですぐに断定する思考パターン…私は精神科医ではありませんので、もしかすると的外れかもしれませんが、強烈な個性を放つ主要登場人物たちは、発達障害としか思えませんでした。
生まれつきの脳機能障害により、コミュニケーション能力や社会性などが欠如する彼らは、強烈なこだわりを持つことが特徴です。ASはヒトに、ADHDはモノに執着するのが鑑別点になります。
特に健常者とは「話が通じない」のに他人との深い関わりを求めるASは、対人関係に大失敗して引きこもったり、嫌われているのに近づこうとしてストーカーとみなされたり、現実から逃避して妄想の世界で恋人や友人を作ったり…という二次障害を合併することがあります(レオに○○○○が現れたのは、おそらくアルマの死後でしょう)。
発達障害は、遺伝的素因と出生時のストレスが重なって生じます。レオを父として、難産で生まれたアイザックがASらしい人物というのは典型的です。レオゆずりの言葉に対する執着が文才として花開き、個性的作家として名を成しています。こだわりをうまく才能として伸ばせれば、非常な成果を産むことができるのです。
本人が無自覚で周囲の理解も無いと派手な事件を起こすことがありますので、犯罪者予備軍と誤解されることがありますが、彼らはむしろ純真です。暗黙のルールや社会常識が自然と身に付かず、自分の不安を他人への不満として発散するため、トラブルメーカーやクレイマーと見なされていることが多いですが、それが極端な場合だけ犯罪に結びつくのです。
レオや、アルマや、リトヴィノフや、バードは、みな一所懸命に生きています。彼らなりの理解の仕方で他人の意図を推測し、ときに過剰に気を回して他人の反応を先取りしようと必死です。「レオ・グルスキ、彼は理解しようとした」という一文は象徴的でしょう(そして理解できなかった!)。
物語の後半は、読者にとって真実と思われていたことが次々と覆り、発達障害らしい他人の意図の誤解が偶然にも良い方に転んで、クライマックスに収束していきます。もうページをめくる手が止まらない!状態です。ミステリとしては、残念ながら大きなミスをひとつ犯しているのですが、そんなことは気にならないほどです。
そして、彼らの一途な思いは、世界を巡り巡ってひとつに繋がります。みな愛に包まれて死んでいくのだろうな、という余韻に包まれます。アルマは息子アイザックの成功を実現させて。リトヴィノフは妻に体面を保ちつつ「愛の歴史」にある改変を施すことで良心の咎を逃れて。そしてレオは、適わぬと思っていた愛が新たなる「いのち」となって現れるという奇跡を目の当たりにして…。
人間関係をうまく結べない彼らにとって、愛を成就させて人生を終えるという結末は、甘く切ない願いです。しかし、無論のこと、我々にとっても、コミュニケーション能力があるはずなのに(!)、実現すれば幸運といえるでしょう。だからこそ、誰が読んでも胸を打つ物語となっています。
しかし、彼らの障害を知っていると、一層こみ上げるものがあると思います。一読すると、「自作が読者の人生を変える、という作家なら誰でも夢みるお語」という甘い小説のようですが、そうではないのです。レオの作品を理解したのは、結局のところ、同じ発達障害者でしかなかった…という厳しい現実も、しっかりと描かれているからです。
本作は2作目という、まだ若い女流作家だそうですが、次回作も注目したいです。ニューヨーク出身の彼女には、ファンタジー系でこそ、その能力を如何なく発揮できるのでは…という勝手な期待も込めて、西海岸に居を構え「西の善き魔女」と呼ばれるル・グインに対して「東の善き魔女」の名を進呈させていただきたいと思います。
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(シルフレイ)
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[ Gori -ふどうさんやのおやじ- ] 2007年03月13日 18:09




