2007年03月12日
【書評】 ミハスの落日
推理小説マニアのための、有名トリックへのオマージュに満ちた連作短編集
謎解きミステリーの書評というのは、素晴らしければ素晴らしいほど、その内容がトリック=ネタとリンクしている関係で、書いていても、フラストレーションがたまることが多いのですが、この五つの小説からなる連作短編集は殊更イライラがつのるようです。何故かというと、ラストの作品(もしかしたら、これもそうなのかもしれません。残念ながら知識不足で判断を誤っているかもしれません)を除いて、各短編が推理小説の著名なトリック若しくは犯人像へのオマージュだからです。普通、オマージュという話題になると、「あの作品のどこそこは、あの小説へのオマージュだよね」、と友人同士の会話では盛り上がるものなのですが、こういうレビューですと、「あの小説」の名前を出しただけで、マニアの間ではネタバレになってしまいます。これから、簡単に個々の短編の内容に触れますが、元ネタを出さないように書くのは、大変なフラストレーションなのですよね。『ミハスの落日』
謎解きミステリーの確立された一ジャンルである密室殺人を扱っています。密室殺人の分類というのは、色々な作家がやっていますが、ここでのトリックは「被害者が自ら密室を作り上げる」パターンに該当します。もっとも、かなり独創的なアイデア(これも書けないのヶ辛い)がそこに盛り込まれていて、トリックとしての新鮮味は損なわれていません。ただし、小栗虫太郎並みに実現性の薄い、このトリックは、やはり無理でしょう。意気込みは買いますが、総体とすると平均点以下の出来栄えだと思います。
『ストックホルムの埋み火』
某作家が考案したトリック(書かれた言語の文法を考えると、これで長編を書くとは途方もない作品です、これだけで、何のことか分かる人は分かってしまうかもしれませんが)の変形が使われています。詳しく書けませんが、見事なアレンジだと思います。あと、ラスト一行で明らかになる、刑事の「正体」にびっくり!なぜ、この物語がストックホルムなのかも、最後の一行で説明されます。素晴らしいです。
『サンフランシスコの深い闇』
某御大の代表作と同じ犯人像が描かれます。犯人の判明と同時に、全体を通しての、ユーモラスな語り口が一瞬にして暗転する語り口も見事ですし、それが最後の一行で、精一杯明るくしようとする作者の「気遣い」にも好感がもてる作品です。
『ジャカルタの黎明』
別の某御大の代表作のトリックが使われています。スタイルとして、決して謎解き風ではないのですが、これはやられました。このトリックで驚かせられたのは久しぶりです。その背景には、読者の安易な予想を外す、スーリー・テリングの妙があり、だからこそ、うっちゃりが見事なのです。
『カイロの残照』
人の手助けをするつもりが…という物語です。ある意味で平凡な内容ではあるのですが、結末に至るまでの伏線の張り方はうまいです。
あと、この短編集総体として、やはり触れておかなければいけないのは、作者の語り口の巧みさでしょう。各々の短編が、全く違う雰囲気で語られているのです。『ミハスの落日』は一種の青春小説として、『ストックホルムの埋み火』は典型的な刑事物として、『サンフランシスコの深い闇』はユーモア・ハードボイルドとして、『ジャカルタの黎明』は心理劇として、『カイロの残照』はサスペンス物として、物語が展開されています。よほどのテクニシャンでないと、こういう真似はできません。これだけでも、一読の価値がある一冊だと思います。
(hacker)
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