2007年02月20日

【書評】 ひまわりのかっちゃん 

「間違えたら、またやればいいだけのごとだべさ。大切なごとは“わかる”というごとなんだ。してな、それよりがもっと大切なごとは“考える”ってごとなんだ(本文より)」

この小説から連想するのは、当然アーサー・ペン監督の『奇跡の人』で描かれた、サリバン先生とヘレン・ケラー(赤ん坊の頃に、熱病の影響で、盲目で聾唖となった女性)の実話です。この映画の原題は「The Miracle Worker」で、「奇跡を起こす人」という意味からもお分かりのように、実はサリバン先生の物語です。彼女は自分自身も極端な弱視という障害を持っていたのですが、触感しかコミュニケーション手段を持たないヘレン・ケラーに、手話を通して、事物にはそれを指す言葉があり、言葉にはそれぞれの意味があることを伝えようとして、教え子と文字通り格闘する物語です。映画のラストで、ヘレン・ケラーはwaterが水を指すということ、万物には名前があることを理解し、いわば動物から人間へと蘇生するのですが、それは同時に、サリバン先生にとっても、自分でも誰かを救えたという事実による、自分が世の中に存在する意義の証でもあったわけです。実は、あまり一般的には認知されていないような印象があるのですが、これが教育という行為の本質なので、教育は教えられる者のためだけにあるのではなく、教える者のためにも存在するのです。この両者が「救われる」ことを目的に行うのが教育なのです。

北海道を舞台にした、この小説も作者自身の実話を元にしていますし、主人公西川司、通称かっちゃんと森田先生の関係は、『奇跡の人』のそれとよく似ています。主人公はひらがなも数字も満足に理解できず、知的障害児を集めた、ひまわり学級(昔は珍しい存在ではありませんでした)に小学校2年生から編入されます。しかし、5年生の時、転校がきっかけで、ペルーの小学校で教鞭を取っていて、日本に帰ってきたばかりの森田先生に出会います。森田先生はかっちゃんの視点で、かっちゃんの話を聞き、「なぜ、漢字とひらがなとカタカナが存在するのか」といったような、誰も教えてくれなかった疑問に答え、誰も教えてくれなかった跳び箱の跳び方や逆上がりのやり方を、分かりやすく教えてくれます。5年編入前の春休みの2週間、森田先生の特訓を受けたかっちゃんは、それまでぼんやりとしていた意識が、一枚一枚薄皮がはがれるようにはっきりしてきて、「普通の」子供へと生まれ変わるのです。当然ですが、かっちゃんは先生にいたく感謝します。ある時、「おれ、先生の生徒になれで、ほんとによがったと思ってる」と言うと、その先生から「なんもだ。先生のほうごそ、にしかわの担任になってほんとによがったと思ってる。ペルーから帰ってきて、まだ日本の小学校の先生やっていぐ自信づけてくれだの、おめだからな」と言われ、びっくりするのです。

実質的な物語はこれが全てと言っても良いでしょう。かっちゃんのライバルとの友情、淡い初恋、感動的な卒業式も語られるのですが、この物語が語るべき内容からすれば、むしろ蛇足かもしれません。と言うか、この物語が伝えたかったのは、結局のところ、前述した教育という行為の本質と、森田先生の次の言葉に集約されています。

「間違えたら、またやればいいだけのごとだべさ。大切なごとは“わかる”というごとなんだ。してな、それよりがもっと大切なごとは“考える”ってごとなんだ」

こういう先生に出会えたかっちゃんは、幸せです。実際に社会に出てみると分かるのですが、いかに「考えない」人間の多いことか。「なぜ、こういう風にするのか」という質問に対して、「そういう風にしろ、と言われたので」とか「昔から、こうしています」と答える人間が、いかに多いことか。更に残念なのは、そういう受け答えをすることに、何ら疑念を感じていない人間が多いということです。

「少年よ、大志を抱け」よりも、「大人よ、考えよ」の方が、今の日本にはふさわしそうです。

(hacker)

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  • 著:西川 つかさ
  • 出版社:講談社
  • 定価:1365円(税込み)
ひまわりのかっちゃん
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