2006年11月25日
【書評】 わが悲しき娼婦たちの思い出
ガルシア=マルケスを、言葉で語るというのは大変なことだ
年齢の離れた娼婦との愛を描いた作品となると、個人的にまず思い出すのは、ディーノ・ブッツァーティの『ある愛』でしょうか。1963年に発表された、この小説は作者が57歳の時のもので、主人公は50代半ば、相手の娼婦は30歳年下という設定になっていて、当時の作者のほぼ実年齢での視点で書かれています。これに対し、ガルシア=マルケスのこの近作も、作者が77歳の時の発表で、主人公は90歳、相手の処女の娼婦は14歳と誇張されていますが、作中で主人公が「70代にしか見えません」とお世辞を言われる場面もあり、作者のほぼ実年齢での視点と考えて良いでしょう。しかし、意味もなく、作者がこんな誇張をするわけがなく、そこには作為的なものも感じられます。表面上のテーマは、もちろん、主人公達の恋愛なのですが、ブッツァーティの主人公達が、普通にセックスをし、言葉を交わし合うのに対して、この小説では、相手の女性とのランデブーでは、常に相手は眠っていて、「眠れる美女」状態での、セックスも会話もなしで、主人公が相手の身体に触れるだけの愛の確認となります。主人公は著名人なので、女性は相手が何者かを知っているのでしょうが、主人公は相手が誰なのかをほとんど知らないままで、売春宿で眠っている女性と会い続けるのです。さて、でもこういう恋愛は成り立つのでしょうか。
まず、恋におちいるのに、自分の年齢や相手の年齢は関係ありません。そもそも、相手の社会における地位(年齢、人種、その他諸々の事情)で、自分の恋愛感情が変わるのであれば、それは恋愛と言えないでしょう。それから、多分、若い方には理解できないかもしれませんが、私も人生半ばを過ぎてきて、少なくとも、主人公が言う「セックスが必要なのは、愛情が不足している時だけだ」という感覚は理解できるようになったように思います。それと「年は取るものではない、感じるものだ」という感覚もですが・・・。もっとも、一切の心理的コミュニケーションなしで、恋愛が成立するのかという点になると、これは疑問です。ただ、この小説のタイトル「娼婦たち」にあるように、「女性と寝た場合、必ず金を払うようにしてきた」主人公にとっては、関係を持った女性は、ある意味で全員娼婦だったわけで、この物語で語られるのが一人の女性との関係であっても、実は生涯愛してきた女性達=娼婦たちとの関係を反芻している、と解釈した方が良いのでしょう。ですので、女性の本当の「正体」は一切語られませんし、セックスのように相手を特定したりするような行為は、この愛の本質的な部分ではないのです。ブッツァーティの『ある愛』(こちらは、原題も単数形の愛です)が、あくまでも特定の女性との関係を語っているのとは、この点が大きく違います。
こう考えてくると、この小説は恋愛を語っているようで、根底では、やはり主人公の人生と老いと死を語っているのだと思います。相手の女性は時間と共に、つまり主人公が死に近づくと共に、どんどん美しくなり、ラストは、売春宿の女将から「あの子はあんたに首ったけよ」と言われる「ハッピーエンド」で、「私は百歳を迎えたあと、いつの日かこの上ない愛に恵まれて幸せな死を迎えることになるだろう」というのが、最後の文章なのですが、同時にこれは作者の代表作にして、20世紀の文化遺産の一つ『百年の孤独』を想いおこさせる文章でもあるのです。90歳という年齢設定は、この最後の一文で生きてきます。10年後、相手の女性は20代半ば、女性として真に美しい時代に入る頃に、主人公は老いさらばえて死ぬことを覚悟しているわけです。そして、結局のところ、主人公は「娼婦たち」以外との女性関係を持たないで、死ぬことになるのです。やはり単純なハッピーエンドとは思えません。しかしそれでも、主人公が「愛情」の対象を見つけてから死んでいくことに変わりはないわけで、それすらない死よりは幸せな死を迎えられるのでしょう。読後、わが身を振り返って、恐らく誰でもが抱えている、巨大な「孤独」だけでなく、巨大な「愛情」をも思う時、このラストの深い余韻は長く心に残ります。ガルシア=マルケスは、やはり凄い作家です。
(hacker)
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[ Gori -ふどうさんやのおやじ- ] 2007年02月07日 09:22
著:ガブリエル・ガルシア=マルケス 訳:木村 榮一出版社:新潮社定価:1890円(税込み)わが悲しき娼婦たちの思い出livedoor BOOKSで購入書評データ
評価されているのは、読者。 ★★★★★
国境の長いトンネルを抜けると雪国で
[ 本虫のふん ] 2007年01月20日 21:02
人は再生する。いくつもの困難を乗り越えて。いくつもの死の淵に立たされて。それでも生を生として、あるがままに受け入れねばならない。与えられた時間の分だけ。その痛みと悲しみを抱えながらも、ときどきは笑い、ときどきは泣いて、思う存分苦しんで、そうやっていくつ....
[ まっしろな気持ち<別館> ] 2006年12月29日 21:14
「ガブリエル ガルシア=マルケス Gabriel José García Már
[ みかん星人の幻覚 ] 2006年11月30日 08:44
著:ガブリエル・ガルシア=マルケス 訳:木村 榮一出版社:新潮社定価:1890円(税込み)わが悲しき娼婦たちの思い出livedoor BOOKSで購入書評データ
私が文字通り乙女であった頃、G・ガルシア=マルケスの『エレンディラ〜』の物語に出会った。G・ガルシア=マルケスの描...
[ どちらでもいい ] 2006年11月29日 00:45
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この記事へのコメント
3. Posted by
タウム
2007年01月16日 23:11
TBさせていただきました。
ガルシア・マルケス・・・。
難解かと思いきや、普通に面白かったです。
ガルシア・マルケス・・・。
難解かと思いきや、普通に面白かったです。
2. Posted by dada2
2006年11月28日 20:49
流石hackerさんです。
私の未消化部分が、自分でもおぼろげながら見えて来ました。
やっぱり、ガルシア=マルケスの本はみんな繋がってますよね。
『百年の孤独』を読み返さないとならない…。
続けて献本されると嬉しいですけど、争奪戦になりそうです。
私の未消化部分が、自分でもおぼろげながら見えて来ました。
やっぱり、ガルシア=マルケスの本はみんな繋がってますよね。
『百年の孤独』を読み返さないとならない…。
続けて献本されると嬉しいですけど、争奪戦になりそうです。
1. Posted by
イソップ
2006年11月28日 03:31
トラックバックできないので、記事のアドレスを書いておきます。
http://blogs.yahoo.co.jp/isop18/42695982.html



